建築技術原稿                              中田捷夫

 

□コンピュータとの出逢い

 私が大学を卒業した昭和39年頃は、コンピュータが漸く普及し始めたころで、一般の建物の構造計算にコンピュータが利用できる状況ではありませんでした。当時私は、恩師坪井善勝先生の研究室でシェル構造の勉強をしていましたが、東京大学の生産技術研究所(麻布)には漸く沖電気のOKITAC5090というデジタルコンピュータが導入されたばかりで、機械語でプログラムを作成し、紙テープにタイプしてPTRと呼ばれる読み取り機で入力し、結果をラインプリンター(LP)で出力すると言った方法が最新の計算法でした。しかも、計算機へ入力するデータは、タイガー計算機と呼ばれる手動の計算機が頼りで、研究室のあちこちからガチャガチャ・チンという賑やかな音を聞きながら毎日を過ごしていました。

 卒業後も大学院に進み、継続して坪井先生の研究室でご指導を仰ぐことになりましたが、それ以後の構造計算でコンピュータを用いるのは骨組みの応力解析で多元連立方程式を解くとき位で、フレームの解析には使われても今のような一貫構造計算プログラムが現れるのにはそれから可なりの時間が必要でした。現在のようなコンピュータ万能の時代が来るだろうことはその頃から何となく想像してはいましたが、現在の普及は予想をはるかに超えていて、このまま行けば5年後、10年後の設計はどうなっているのだろう、いや構造計算の専門職なんてなくなっているのではないかとさえ思われるこの頃です。

 

□建築の個性

 しかし、それを本当に喜んでよいのだろうかという不安が心の中にあるのはきっと私だけではないと思っています。むしろ、今の設計法ではいけないと思っている人のほうが多いのではないかとさえ思っています。計算できることが恰も設計できることであるかのような錯覚が、というよりむしろ、ただ計算していることが設計していることであるかのように信じている人が大多数を占めてしまっていることに恐ろしさを感じています。そこには「創造」とか「哲学」などといった建築本来の思想や文化性を見ることはできず、たんに「安全」とか「合理」という言葉が支配しているにすぎません。「コンピュータが作り出す最も合理性の高い構造システム」などというのは「人間の作ったルール」の中で最も無駄のない形態を、高速のコンピュータを使って繰り返し計算を行って漸近的に解を得たもので、最も個性のない構造システムなのかもしれません。もちろん適応するルールを変えれば形は変わってくるので全く誰がやっても同じ結果になるわけではありませんが、少なくともルールから少し外した、数値で表せない「味」を期待することはできないでしょう。現在多くの建築が建設されてはいますが、本当に私たちの心を「揺すぶる」ような建築がいかに少ないかを考えるとき、何十年か経って今の時代を振り返ったとき、そこには荒れ果てた箱もの建築が山のように積まれているだけの「建築の空白時代」になっているに違いありません。

□計算機はなくても・・・

 私の育った時代は、いわば建築版「3丁目の夕日」とでも言うべき時代でした。手回しの計算機と手練りのモルタル縮小模型の実験で建築を作るのに、建築家は―その頃は構造家などと言う呼び名はまだありませんでした―生き生きとして多くの名建築を作りましたし、建築の関係者は今ほど肩身の狭い思いもしませんでした。多くの若者が建築学科を志望しましたし、大学はもっと活気に溢れていました。昨年の建築基準法の変更は、実質を伴わない形式的な作業を義務付けて、設計の本質と乖離した内容だと言われ、設計をますます魅力のないものにしてしまいました。行政は慌てて緩和的な運用を打ち出してはいますが、本質が変わらないのでは小手先の対応と言われても仕方ないのかも知れません。

 特に今回の法改訂はコンピュータの利用を前提とし、安全審査に磁気データの利用を謳っています。一貫計算ソフトの認可と磁気情報の提出によって、偽装を防止しようとする方法はある意味でとても現代的な対応と言えるのかもしれませんが、建築の設計行為がそれ程単純なものでないことは衆知のとおりです。計算ソフトは単に基準の条文をコンピュータが読めるように「コンピュータ語」に直したものであって、規準書で建物が設計できないことを考えると、設計者が作ろうとする時に如何に自分の発想を規準書に適合させるかが大きな課題になって、「コンピュータの理解できる構造」にするかに勢力が注がれてしまうことは致し方のないことです。

 コンピュータは何を作るのか決まった時に、それが法で要求する性能を満たし、法の規制に適合しているかどうかの検討には役立ちますが、建築家・構造家として最も大切な「何を作るのか」には答えてくれません。すなわち、コンピュータの計算は、物創りに必ずなくてはならないものではないのです。コンピュータはとても便利な道具ですから、何を作るのかについて私たちが思考を膨らますことに利用すればとても頼りになるパートナーではあるのですが。

 空間構造の分野においては、コンピュータのない時代昭和30年代にも多くの意欲的な建築が作られました。連続体の力学に関する研究が活発になり、中でも曲面版の力学研究が大型シェル構造の実現を可能にしたのです。

 

□連続体理論の芽生え 

 連続体の力学は1900年代に入ってからドイツを中心に活発な研究が始まり、矩形板の研究論文、H.Hencky “Der Spannungszustand in rechteckingen Platten” Munchen が1913年に発表されています。日本では1953年に坂静雄先生がHPシェルの論文を独語で発表され、1955年には坪井善勝「平面構造論」が出版されました。

これらは主に平板や平面問題を扱っていて、局率の効果を評価しようとする曲面版の本格的な研究はそれから暫く経ってから、すなわち1958年の偏平殻の基礎微分方程式(ウラソフ式)がW.S.Wlasov “Allgemine Schalentheorie und ihre Anwendung in der Technik” において明らかにされたのが始まりだとも言えましょう。そして1957年には名著 Fluge ”Statik und Dynamik der Sharlen”、1962 年 “Stress in shells” が出版され、更に坪井先生の研究成果の集大成とも言える連続体の名著、「曲面構造」が丸善から刊行されて空間構造研究者にとって必読の書になりました。坪井先生の最後の著書は「連続体力学序説」(産業図書)で昭和52年(1977年)に初版が刊行されました。この本も今では入手できず、この分野の研究者や学生にとっては連続体に関する参考書がなく、大変不自由だそうです。勿論、このほかにもシェル構造に関する多くの著書や論文が発表されています。最も身近で入門書として評価が高いのは、S.P.Timoshenko & S.Woinowsky-Krieger による“Theory of Plates and Shells”で、その他にもTimoshenkoが共著している “Theory of Elastic Stability” や“Theory of Elasticity”など、弾性論の習得に欠かすことの出来ない必須の著書が著されていますし、国内では倉西正嗣「弾性学」(日本機械学会、1948)などが名著として知られています。連続体の力学を扱った研究は論文等の発表件数から考えると昭和30年代が最も多かったと思われます。そして、コンクリートシェルが最も多く建設されたのも昭和30年代ではなかったかと思われます。

 

□時代を変えた晴海・貿易センター2号館

 昭和30年代に建設された意義深い建築として晴海の世界貿易センター2号館を挙げることができます。この建物は、1959年に竣工しましたが、この世界でも有数の美しい内観の裁断球殻ドームはダブルレイヤーの鉄骨シェルで設計されました。連続体としてのコンクリートシェルから鉄骨シェルへの移行が始まった最初のケースだと思われますが、社会は急激に離散系構造へと移行してゆきました。鉄骨という素材の生産性、品質の安定性、施工効率の良さなどがコンクリートの現場施工の効率の悪さに勝ったのかも知れません。しかし、設計の手法としては、残念ながら当時は鉄骨シェルを構成する部材を離散系要素として直接解析する手法はなく、もっぱら、トラスの等価曲げ剛性や伸び剛性を計算して連続体として解析し、得られた応力をまた元のトラス部材の応力に還元して設計用応力とするなど、やや回りくどい手法に頼らざるを得ないのが実情でした。昭和30年代の後半にはこうした目的で、種々の平面や立体トラスの等価剛性を扱った論文が数多く発表されました。鉄骨シェルは構法的には実用化されても解析法が確立されていなかったのです。しかし、連続体の解が役に立つとは言っても、どんな形のシェルでも解析的に解けたわけではなく、特定の整形のものしか解けなかったし、物によっては膜応力しか得られない形状のシェルもあったのです。ましてや大変形問題、非線形問題、動的問題などは、テーマとしての存在は認識されてはいたものの実際の設計に適用されることなどは到底考えられなかったのです。

 

□コンクリートシェルが先鞭をつける

 それでも建築家の設計意欲は旺盛で、昭和30年代の初頭には早くも鉄筋コンクリートシェルが実現しました。昭和29年の国体用の室内競技場として利用されることを目的として、愛媛県松山市の松山城の城郭に建設された愛媛県民館は、偏厚の球形殻の膜理論と曲げ理論によって設計されました。計算機の普及していない時代にベッセル函数で表現される微分方程式の解を得ることは大変であったに違いありませんが、正解ではなくとも十分近似度の高い実用的な工夫がなされたことが報告されています。実施に際しては、1/20のモルタル模型の実験によって応力や変形の検討が行われ、設計者の経験と判断によって安全の確認が行われたのです。現在のように計算ツールが整備され、どんな形状のものも計算できる現状を見るに感慨深いものがあります。

 

□マトリックス法の始まり

 コンピュータによる構造の解析が普及し始めたのは昭和40年代に入ってからだと記憶しています。坪井先生と川股重也先生(東北工大名誉教授)がハワイ大学の講義から帰られたときに一冊の本を持ち帰られました。Argylis著の ”Energy Theorem” というこの本は、航空機の骨組みの解析を扱っていて、解はマトリックスの形で纏められ、「マトリクス変位法」または「マトリクス応力法」と呼ばれて、任意形状の骨組みの解析に威力を発揮することになります。この本は当時修士1年生だった半谷裕彦博士(元東京大学教授、故人)に預けられ、理論のフォローが行われました。実際の計算は、当時坪井研が取り組んでいたSingapore Sports Complex の観覧席の異型ラーメンを計算例に行われました。前述の東大生研のOKITAC 5090は記憶容量が2000番地しかなく、逆マトリクス計算用のプログラムに350番地がとられてしまい、データに使える番地は1650番地しかなく、40 ×40のマトリクスのデータがかろうじて扱える状態でした。節点数にして13節点の解析しか出来ませんでした。それでも手書きで変位図を書いた時の驚きは今でも覚えています。代数でフレームが解けることは想像を超えていたのです。

 スタンドの異形ラーメンの次に半谷先生が例題として解析されたのが、東京大学内之浦ロケットセンターのロケット組み立て室の屋根でした。この屋根は1辺が32.64mのダブルレイヤーの格子型平板立体トラスで、内部のスパン19.4mの4点で支持されていました。このトラスの特徴は、上下弦に平行方向には曲げ剛性が期待できるものの、45度方向に対しては剛性を持たない、すなわち捩り剛性がゼロになることにあります。計算は、板の釣り合い方程式において捩り剛性をゼロとした微分方程式の差分解、平板の基礎微分方程式のフーリエ級数解とマトリクス変位法によるトラス解析の三つの方法で比較計算を行い、挙動の検討を行っています。計算の結果は図のとおりですが、やはり捩り剛性の影響は大きく、板としての挙動とはかなり違うようです。今で思えば、平板の基礎微分方程式で捩り剛性をゼロとしたフーリエ級数解も得られるので、その方が良かったのではないかと悔やまれます。いずれにしても、マトリクス法の計算で期待通りの結果が得られることに皆が自信を持ったのがこの計算であったと記憶しています。

 この頃から研究室の皆が何れ押し寄せてくるコンピュータ化の波をそれとなく感じていました。今までの設計に費やされた多くの時間が骨組みの応力解析であったのが、設計者はそれらから解放されて、より魅力的な構造体の追及をしたり、いっぱい模型を作って構造体の特性を調べたりしてもっと密度の高い設計が出来るようになる、漠然とそう思っていたのは私だけではなかったと思います。

マトリクス法はこのように立体トラス構造などの離散系構造を直接解析する方法として急激に普及しましたが、同時に、連続体の解析も微分方程式などの面倒な表現ではなく、連続体を有限の要素に分割し、要素間で力の釣り合いと歪の連続条件確保する有限要素法が提案され、これらの関係を行列の形で整理すると、計算機にとても馴染のよい表現になることを利用して種々のプログラムが開発されました。大型・高速コンピュータの普及に呼応してあっという間に応力解析の主流となったのです。更に、非線形問題や動的問題にも適用されるとともに、非常に複雑で力学的な挙動を感覚的に理解できないような形状の構造の解析さえ可能になりました。ただ、残念なことにこれらの結果が本当に正しいのかどうかの検証を行うことが出来なくて、人間の思考の限界を超えてしまうことに大変不安を覚えてしまいます。

先にも述べましたように、連続体の理論が発展したのが昭和30年代の前半であり、マトリクス法による空間構造が本格化したのが昭和40年代の前半であることを考えるとき、この二つの時代に挟まれた10年間(正確にはもう少し短かったように思われますが)は「連続体理論でいかに離散型構造の解析をするのか」という「継ぎ」の時代だったと言えましょう。学会の論文集の中に、種々のパターンのトラス構造の等価曲げ剛度、等価伸び剛度の換算法に関する論文が多く掲載されました。鉄骨の生産量が飛躍的に増え、加工技術が高度になって大空間構造はコンクリートシェルから鉄骨シェルへと移行して行ったのです。

 

□モデル化は設計の本質を大切に。

 今回のテーマは構造のモデル化ですが、これには「定まった法則」はありません。そして、実際の構造を100%正しく解析し、安全の検証をしてくれるソフトなど、存在しないのです。現在市中で流通しているソフトは、必要なパラメータを入力すれば必ず何かの答えを返してはきますが、本当の安全や合理などについて正しく精査してくれるものなど皆無なのです。「モデル化」は実体の構造を解析しやすい、言い換えればソフトに馴染む架空の構造に如何に置き換えるかという作業に他なりません。構造の解析にそのソフトを適用したら、如何に実体に近付けられるのかの予測無しで、ソフトの結果をただ信用することは大変危険なことです。恩師・坪井善勝先生は、いつも「コンピュータなしで解が得られるか?」と聞かれました。当時、コンピュータが普及していなかったので、当然のことなのですが、それがなくとも解が得られること、すなわち手計算で解を得ることによって解析する対象の特性や挙動を理解することを推奨されたのだと理解しています。設計者の中には、いきなり一貫計算ソフトの入力を始める人が居るそうです。結果の出力欄の「OK」か「NG」だけが判断の基準だとしたら、本当にそれだけで建物の安全や合理に自信が持てるのでしょうか。解析対象の挙動を理解して初めて解析ソフトの結果が判断できるのであり、ソフトに判断を求めても答えてはくれないのです。

株式会社中田捷夫研究室

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